仕事を辞めたあと、自分には何が残る?――『結局、人生最後に残る趣味は何か』
定年したら、何をする?

「定年したら何しようかな?」
「旅行とか?」
「ずっと旅行するわけにもいかないしな」
「じゃあ趣味でも始めれば?」
「まあ、その時になったら考えるよ」
よくありそうな会話です。
今は毎日仕事があります。
朝起きれば会社へ行き、
「これお願いします」
「今日中にできますか?」
と仕事がやってきます。
休日になれば、
「やっと休みだ」
と一息つく。
ところが、その仕事がなくなったらどうでしょう?

定年翌日の朝。
目が覚めます。
「……会社、行かなくていいんだ」
最初はうれしい。
でも、そのうち、
「今日は何をしよう?」
となります。
仕事が生活の大部分を占めていた人ほど、
仕事がなくなったあとに何をするのか?
という問題が突然やってきます。
「趣味は暇になってから探せばいい」
本当にそれでいいのでしょうか?
※本記事は、書籍の内容をもとに筆者の個人的な感想や解釈を交えて紹介しています。詳しい内容については実際の書籍をご確認ください。
仕事とは別に「もう一人の自分」を作る

では、仕事がなくなったあとに困らないためには、どうすればいいのでしょうか?
この本がすすめているのは、何か特別な準備ではありません。
仕事とは別に「もう一人の自分」を持っておくこと。
『結局、人生最後に残る趣味は何か』の著者・林望さんは、絵、俳句、写真、能楽、書道、ギター、声楽、料理など、たくさんの趣味を続けてきました。
ここでいう趣味は、
「暇だからやるもの」
ではありません。
例えば、
「お仕事は?」
「営業です」
それだけだった人が、
「休日は何してるんですか?」
と聞かれて、
「最近ギターを練習してるんですよ」
と答えられる。
会社では営業マン。
家ではギターを弾く人。
さらに、
「休みの日は?」
「知らない町を歩くのが好きなんです」
となれば、もう一つ顔が増えます。

そして定年の日。
「長い間、お疲れさまでした」
会社員としての自分は、そこで終わります。
でも翌朝、
「さて、今日はギターでも弾くか」
こちらの自分は残っています。
仕事がなくなった途端、
「自分には何もない」
となってしまわないために、
仕事以外の自分を、忙しいうちから作っておく。
趣味には、そんな意味もあるのです。
「趣味がない」なら昔を思い出してみる

「でも、これといった趣味がないんだよな…」
そんな人もいると思います。
いきなり、
「一生続けられる趣味を見つけよう!」
と考える必要はありません。
「そういえば昔、ギターやりたかったな」
「子どもの頃は絵を描くのが好きだった」
「料理はちょっと興味あるかも」
そんなところからで十分です。
「やってみたけど違ったな」
なら、やめる。
「これ、意外と面白いな」
と思ったら、もう少し続けてみる。
そうして少しずつ、
「仕事をしている自分」
とは別の自分を増やしていきます。

会社の肩書きには、いつか終わりが来ます。
でも、
「次はこの曲を弾いてみたい」
「今度はこの料理を作ってみよう」
という楽しみには、定年はありません。
仕事を辞めた翌朝にも「さて、今日は何をしよう」と楽しみにできるものが一つあれば、それが人生の最後まで残る趣味になっていくのかもしれません。
最後に

定年した翌朝、会社からの連絡はもう来ません。
その静けさを「暇だな」で終えるか、「さて、何をしよう」で始められるか。
肩書きがなくなってから趣味を探すより、肩書きがあるうちに自分を増やしておくほうが、どうやら安心できそうです。
