気になる一冊
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「何が分からないのか分からない」が起きる理由『はじめて考えるときのように――「わかる」ための哲学的道案内』

メモ屋
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「質問ある?」が一番困る

会議の最後。

上司が資料を閉じます。

「ここまでで、質問ある?」

部下は、

一瞬だけ固まります。

「……大丈夫です」

もちろん、

大丈夫ではありません。

話の半分くらい、

よく分かっていない。

席に戻ると、

隣の同僚に小声で聞きます。

「で、俺たち何するんだっけ?」

「それ、さっき聞けばよかったじゃん」

「聞きたかったよ」

「じゃあ、なんで聞かなかったの?」

「何を聞けばいいのかも分からなかった」

これが、

意外と厄介です。

分からないなら質問すればいい。

でも、

分からなさすぎると、質問すら作れません。

※本記事は、書籍の内容をもとに筆者の個人的な感想や解釈を交えて紹介しています。詳しい内容については実際の書籍をご確認ください。

「分からない」だけでは、問いは生まれない

では、

質問はどこから出てくるのか?

野矢茂樹さんの
『はじめて考えるときのように――「わかる」ための哲学的道案内』では、

問いは、ただ何も知らないところから生まれるわけではない

と考えます。

たとえば夜空。

星について何も知らなければ、

「星が動いてるな」

で終わります。

でも、

いつもの星の動きを知っている人なら、

妙な動きをする星を見た瞬間、

「あれ?」

となる。

「なんで、こいつだけ違うんだ?」

いつもを知っているから、

違いに気づける。

違いに気づくから、

「なぜ?」

が出てくる。

考えることは、

その小さな違和感から始まります。

質問が出ないなら、答えを探すのはまだ早い

最初の部下も同じです。

「質問ある?」

と言われても、

何も浮かばない。

そんなときは、

無理に質問をひねり出さなくてもいい。

まず、

分かるところから確認します。

「締め切りは金曜ですよね?」

「そう」

「ここまでは僕の担当ですよね?」

「そうだよ」

そこで、

一つ引っかかります。

「じゃあ、この作業は誰がやるんですか?」

質問が出ました。

最初から、

いい質問を考える必要はありません。

勉強でも、

本でも、

仕事でも同じです。

「何が分からないのか分からない」

なら、

まず一つだけ、

分かるところを増やしてみる。

すると、

その隣にある「分からない」が見えてきます。

最後に

数日後。

また会議。

上司が聞きます。

「何か質問ある?」

部下がすぐ手を挙げます。

「この数字、前回と違うのはなぜですか?」

「この作業の担当は?」

「締め切りは金曜で合ってますか?」

上司が苦笑します。

「今日はずいぶん質問するな」

部下は答えます。

「前回より、話が分かるようになったので」

隣の同僚が聞きます。

「じゃあ前回、質問ゼロだったのは?」

部下は少し考えます。

「……質問じゃなくて、救助を求める段階でした」

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